出前を申し出てくれたおやじさん

以前、自営で町の花屋をやっていたときのことです。
店は友人と共同経営で、店員はわたしたち2人だけ。仕入れや配達が日常的にありますから、どちらか1人が店番ということが多くなります。
困るのが食事です。
開店前にコンビニで弁当を買ったり、近くのパン屋さんであらかじめパンを買っておいて、手の空いた時間に店の奥の、お客さんの目につかないスペースで食べるというやりかたを、開業以来しばらくつづけていました。
あるとき、店のはす向かいのキッチンのおやじさんと、たまたま赤ちょうちんでいっしょになったとき、ふとその話をしました。
するとおやじささんは、「なんだ、そんなことならうちに言ってくれればいつでも出前するよ。すぐ目の前なんだから」
思いがけないうれしい申し出です。
よろこんで、好意に甘えることにしました。そこは近所で評判の洋食屋さん。創業40年というキャリアで、今の店主は二代目です。
そんな地元の名店が出前してくれるというのですから、甘えない手はありません。
もちろん日によってこちらのつごうも違いますから、毎日食事の事情も変わってきます。
そこで、朝、今日は昼食に頼もう、とか今日は昼夜2食にしてもらおうとか決めて、おやじさんにそう頼みます。
あちらの負担になっては悪いので、出前の時間はあちらのつごうに任せます。メニューもあちら任せ。
ただ、店番をしながら奥のスペースで短時間で食べるのですから、あまり場所をとるものは避けてもらいました。
「本日のランチ定食」などで、スープやサラダ、ライスが別皿でというものではなく、1皿で食べられるパスタやオムライスにしてもらったのです。
おやじさんも「そのほうが出前が楽だ」と了解してくれました。
うれしいのはおやじさんの心遣い。客商売ですから、お客さんに不快感を与えてはいけないとの配慮から、店ではパスタに使うガーリックなどを抜いて作ってくれるのです。
ほかのメニューの時にも、匂いのきつい具材は外してくれます。
つまりそれは「私だけのための特別料理」だったわけです。
思い出します。午後2時ごろ。昼食はたいていそのくらいの時間でした。
おやじさんがパスタやオムライスの皿をそのまま持って店にふらりと入ってきて、「おまちどう」とにっこり。
代金を渡すと皿にかけてあったラップをはずして、「ゆっくり食べなよ。あわてて食べると体にわるいから」と言って、またふらりと帰っていきます。
その後ろ姿を私は頼もしい気持ちで見送ったものです。ここで店を始めてよかった、と実感するひとときでもありました。
味はもちろんまちがいありません。どのメニューもおいしかったですけれど、特に「特性ハヤシライス」の味はいまだにはっきり覚えています。
「料理は心」とよく言いますが、まさに心の料理、おやじさんのまごころの味でした。